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2010年4月 6日 (火)

徳川吉宗

増えすぎた江戸の人口からくる不満を解消しようと、サクラを植樹。

自ら桜の樹下で宴を催し、積極的に家臣に振る舞った。

そして、人は桜の下での宴を楽しみ、芸を競うようになる。

結果的に、花見が日本人の間で機能した。

軍国の花から散花へ、なぜ変遷を辿ったのか。

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